2018/03/25

明治維新の誤解を解き、歴史を真に学ぶ


みなさま、こんばんは^^ いよいよ「春分」ですね~! ずいぶんあたたかくなりました。七十二侯では「雀始巣(すずめはじめてすくう)」だそうで、スズメさんが巣をつくる季節なんですね。スズメの巣を見たことがないのですが、どんな場所にあるのでしょうか。調べてみると、どうやらツバメの巣を再利用したり、排水管に作ったり、いろいろみたいです。空になったスズメバチの巣に出入りしている写真もありました^^;(と思ったら、このブログを書いているうちに、「桜始開(さくらはじめてひらく)」になっていました! 本当に桜が見頃ですね^^)




先日、某副市長さんから、帝国ホテルで催された歴史学者の加来耕三さんの講演録をいただいたのですが、それがとても興味深い内容でしたので、ご紹介したいと思います。

この講演会の主催は地方行財政調査会と時事通信社、後援が総務省、協賛に全国知事会、全国市長会、全国町村会、という錚々たる催しです。ということは、この加来耕三さんの講演内容は、社会の中心で活躍する人たちにどうしても伝えたい内容なんだろうなと推察できます。



日本人は歴史を知らない?!



歴史好きな方々が大好きな「坂本龍馬」や「織田信長」ですが、その人物像はどこから来たものでしょうか? 本で読んだ、とか、大河ドラマなどの歴史番組で、などなどよくよく考えてみたら、知識の大半は「フィクション(仮想)」のお話からきているのではないでしょうか。実はこれが大問題なのです! 日本人の大半は、作られた人物像を信じており、現実的にあり得ない立身出世をする人間を信奉して、その人を目指そうとしているために、返ってうまくいかない現実にぶつかってしまうというのです…

坂本龍馬は、弱虫でおっちょこちょいの取り柄のなかった人間で、やっと見つけた剣の腕前と愛らしい人柄で明治維新の立役者になったと理解されていますが、実は全然違うそうです。剣の腕前は悪くはない程度。一度襲われたときに、刀と拳銃を持っていて、拳銃を撃ちまくり、弾がなくなっても剣を抜かずに拳銃を振り回して指を切られ、失血死しそうになったことがあるとのこと。その後、傷の治療のために妻のお龍をつれて薩摩の国へ行ったのですが、それが現在では、何故だか日本人初の新婚旅行ということになっています。ですが実はこの10年前、大政奉還までの実務を担ったと言われる小松帯刀という人物が、実際に新婚旅行に行っており、日本人初の新婚旅行という話はなんと二重の嘘だったのです。

同様に、織田信長に関しても、太田牛一という信長の秘書官が書いた『信長公記(しんちょうこうき)』がもととなって私たちは織田信長という人物を理解していますが、実はこれもおもしろおかしく描いた人物像になっており、大うつけ者で家臣や領民にも嫌われていた信長が、あるとき突然、颯爽とした貴公子に転じたというストーリー。しかし、圧倒的多数の今川軍に大勝利できたのは、信長に命をかけた精鋭が多数いたからであり、命をあずけたいと思えるほどの人間性でなければ成り立たないと言います。

つまり、坂本龍馬も織田信長も、偉業を成すだけの人間的器があり、日々の努力の積み重ねがあったからこそ国の大事を成しえたのだということです。その詳細については後述したいと思います。



明治維新はいつから始まったのか



加来さんの講演は、興味深い問題提起から始まります。「明治維新はいつから始まったのか」そんなことを深く考えたことはありませんでした。加来さんもおっしゃられていますが、普通、歴史の教科書的には、ペリーが黒船4艘を引き連れて浦賀に来航したため、大騒動になったことが明治維新の始まりと解釈されています。加来さんもそのようにお話されたあと、しかしそれは違うと言われます。

ペリー来航の7年前、同じ東インド艦隊の司令官であるビッドルという提督が、軍艦2艘で来航しています。しかも長崎ではオランダと交易しており、なんと幕府は毎年『オランダ風説書』という国際リポートを受け取っていました。その中に、ペリーがどういう人物で、何を目的として日本に来航予定なのかも書かれていたそうです。幕府側の心の準備は整っていたはずで、来航したことそのものに驚いたわけではなかったそうです。

では何に驚いたのか。それはペリーの艦隊に当時の最新兵器であるペクサン砲が搭載されていたことに気づいたからです。ペクサン砲の射程距離は3~3.5キロ。それに対して日本の大砲は400~800メートルしか届きません。しかも破壊力も段違いです。ペリーの艦隊が入港した品川沖から江戸城の本丸を直接狙えるということに気づいた有識者たちは、大騒動になりました。江戸城だけではありません、城下町も簡単に火の海になってしまいます。

佐久間象山という西洋流砲術の大家は、日本の大砲では絶対に届かない空白の8キロ地帯が生じ、そこにペリーの艦隊が入ってしまえば終わりだと見ました。そこで初めてペリーの艦隊に対して恐怖を感じ、開国を意識せざるを得なかったそうです。



明治維新はアヘン戦争から始まっている



先程の問いの解答になりますが、実は明治維新はペリー来航の13年前に清国(中国)で起こった「アヘン戦争」から始まっています。

イギリスに散々に敗れた清国は、何故自分たちが敗れたのかということを学ぼうとはしなかったそうです。しかし、清国の魏源(ぎげん)という学者だけがアヘン戦争を研究し報告書を作成しました。その書物を、無名の21歳の若者である吉田松陰が手に入れたのです。幕末に名君と呼ばれた人たちは、皆アヘン戦争について研究していました。アジアで唯一、日本人だけがアヘン戦争について学んでいたのです。

吉田松陰は当時の日記にこう記しています。『ペクサンスを搭載した蒸気船が、音もなく浦賀にあらわれたら、打つ手がないのではないか』ペリーが来航する3年前に、松陰はこれから何が起こるのかを正確に予想していたのでした。また松陰は兄への手紙に『外国人であっても、学ばなければいけないことは学ぶべきである。そのいいところを取り入れる。これが日本のやり方なんだ』と書いています。恐るべき冷静さと聡明さを持ち合わせた人物です。

ペリー来航の恐怖とは、アヘン戦争を知る者たちにとってはアヘン戦争再来の恐怖だったというのです。そのような惨劇を防ぐために、大きな構造改革を迫られた、それが明治維新でした。



江戸時代までは国家の概念がなかった


当時の日本の大きな問題は、「国家」という概念を持ち合わせていないことでした。これは大国である清国も同様で、日本では「藩」が国家であるように、清国では「州」が国家でした。そのため、天津が陥落したと聞けば、ああ天津が落ちたのか、北京がいよいよ危ないと聞いても、そうか北京があぶないか、と他人事。一致団結して国を守ろうなどという意識はなく、大国であるはずの清国はイギリスに敗れてしまいました。しかしこれは日本もまったく同様だったのです。下関戦争で長州が4カ国艦隊にやられましたが、周囲の藩はまったく助けに行こうとはしていません。薩英戦争が起こり、薩摩はイギリスと戦いましたが、隣の熊本藩はまったく動きませんでした。このままの状態ではアヘン戦争の再来は必至です。日本の大部分が欧米列強の植民地になってしまいます。

加来先生はこのように述べておられます。「アヘン戦争から実は、明治維新は始まっていたのです。何としても国家というものを持ち、一人一人の国民が国を守るということを思わなければ、日本の国は必ず欧米列強の植民地になってしまう。その思いを持った人たちが、明治維新に向かっていくわけでございます」と。



何故日本人には危機意識が育たないのか


ペリー来航から明治維新までには、実に15年の月日がかかっています。アヘン戦争から27年です。アヘン戦争の脅威を知ってからすぐに具体的な準備を始めていれば、これほどまでに長い年月を要することはなかったはずだと加来先生はおっしゃっております。

加来先生がおっしゃるには、日本人は思い込みが強過ぎるため、危機意識が育たないし、なかなか動けないのだとのこと。

江戸時代、日本は鎖国をしていたと私たちは思い込んでいますが、実は鎖国は一度もしていません。江戸幕府がおこなったことは、「キリスト教を禁教する」ことと、「貿易・情報を(幕府が)独占する」ということだけでした。長崎では交易をおこなっていたことは歴史で習っているのですが、「開国」に対して「鎖国」という言葉が便が良いとのことで、鎖国をしていないのに「鎖国」という言葉がもちいられているそうです。

ところで、加来先生が日本人の思い込みの強さを示す事例をご紹介くださっています。それは近年流行りの言葉である「日本型経営」という概念です。これは「終身雇用制」「年功序列」をあらわす言葉なのですが、戦前の日本にはこうした概念はなく、昭和30年代後半になって形になったものです。大した歴史もない制度ですが、これをもって「日本型経営」と言うのは、日本人がどれだけ思い込みが強いかがわかると言われます。



常識ある者が勝つ



みなさま「常識」ってどのようなものだとお考えでしょうか。私たちが通常考えている常識は、学校や職場などで教え込まれた「こうあるべき」「これが正解」というものではないでしょうか。しかし、加来先生がおっしゃっている常識は、自分の目で見て足で踏みしめて肌で感じてきた感覚のことをおっしゃっているように思います。歴史を学ぶ上でも、常識的な受け取り方を求めておられますが、例えばそれは、昨日まで何も努力しない馬鹿者でしかなかった人間が、突然スーパーヒーローになるような飛躍したおもしろさを書物などに追求するのではなく、人が何事かを成し遂げるためには、それ相応の年月と努力と、培ってきたご縁、そして何より成し遂げるだけの能力や人間的な器が必要であるという、「常識的な」感覚が必要であると述べておられるのでしょう。何事も「原因」があって「結果」があります。その原因の追究をおこたらないことこそが、歴史から学ぶことに他なりません。

例えば戦いの歴史においても、こうあるべきに縛られて動いている玄人よりも、常識しか知らない素人の方が必ず勝ってきたとおっしゃっておられます。プロと称する人たちは、自分が敵だとしたらどこから攻めていき、どういう武器を使ってどういう展開をするか、開戦前に決めてかかって臨機応変に変化することができないため、新たな発想をもつ素人に負けてしまうと言うのです。加来先生は「素人の発想」こそが大事だと言います。誰が聞いても「当たり前」だという常識にこそ立脚して物事を考えてみる必要性があるのです。

その観点で坂本龍馬について考えてみます。



坂本龍馬が薩長同盟の仲立ちを成しえたのは何故か



もし坂本龍馬が剣の才能に目覚めたのだとしたら、剣の道を究めることこそが自然な成り行きでしょう。しかし龍馬はそうしませんでした。何故かこれからは海外貿易の時代だと総合商社のはしりである「亀山社中」をつくり、それを発展的に解消して「土佐海援隊」をつくり、その間に薩長同盟を果たします。加来先生がおっしゃっているわけではありませんが、坂本龍馬について簡単に調べてみると、実は龍馬は武士ではなく、武家の株を持つ豪商の家に生まれていることがわかります。ですので、商才があったことが推察されますし、実家からのバックアップも大きくあったことでしょう。貿易事業に乗り出すのは自然な流れだったのです。また経済的な背景があったため、脱藩しても自由に動き回れたのではないかと考えられます。

では商人の気質の強い龍馬が、何故薩長同盟を成したのでしょうか。薩摩も長州も力のある大きな藩です。その大藩の大物たちとともに集結し、秘密同盟の裏書を、土佐藩の脱藩郷士でしかない坂本龍馬にできたのは、それはそこに集結した西郷隆盛、小松帯刀、桂小五郎、品川弥二郎たちは、龍馬と同じ学閥に所属する同志だったからです。当時、日本の西洋流砲術に関する学閥はひとつしかありませんでした。つまり、龍馬が成したというよりも、アヘン戦争に危機感を感じて集まったその学閥に属する大勢で成したということになると考えられます。

この学閥ですが、長崎の町年寄である高島秋帆が商いで得た利益をつぎ込み、西洋の書物を買い集め、西洋流砲術を独学で組み立てました。その一番弟子が江川太郎左衛門です。この江川太郎左衛門は、幕末の後半をリードした人物であり、神道無念流の免許皆伝でした。身分にとらわれない騎兵隊というものが後につくられますが、農民を起用することを最初に言い出したのがこの江川太郎左衛門です。この江川太郎左衛門の一番弟子が佐久間象山であり、龍馬たちの師匠にあたります。この学閥には、勝海舟、吉田松陰をはじめ、薩長の面々もずらりと名前をそろえていました。



歴史は科学である



加来先生は「日本人は歴史に遊ぶということと、歴史に学ぶということを勘違いしている民族である」と言われます。

しかし歴史は反復するというメカニズムを持っており、だからこそ科学なのだと断言されるのです。歴史は手品と同じで、見せている右手に「法則」があり、見せない左手に「原理」があります。手品において不思議を演出している「見せている右手」の種は、「見せない左手」にあるということです。歴史も同様で、見えているところに真実はありません。見えないところにこそ、物事の本質があるのです。それを追求することこそ「歴史を学ぶ」ということです。

私たちは右肩を叩かれれば、つい反射的に右を向いてしまいますが、加来先生がおっしゃるには、まず左側を確認してから右を向きなさいとのこと。そのくらいの慎重さを持って、歴史には向き合わなければなりません。ニュース報道も同じです。表に出ている情報は、真実の半分程度だと言われます。(私はもっと少ないと感じていますが^^;) 事実を満遍なく数字などのデータを中心に客観的な観点で収集したのち、歴史のメカニズムと照らし合わせると、真実が見えてくると教えてくださっています。現実を正確に把握するためにも、そして未来を正確に予測するためにも、歴史を正しく学ぶことが重要なのです。

大河ドラマや歴史小説などは感動的で楽しく見聞きできますが、常に「疑う」という気持ちを持つことが大切です。その際、常識的な観点で考えてみると、飛躍した人物像や突飛でもない展開に疑問を持てることでしょう。それが、現実生活においても、未来予測においても、真実を見抜く力となるのです。



歴史は繰り返される、と言いますが、ハード面が崩壊する前に、ソフトの部分が崩壊するのだと加来先生はおっしゃっておられます。ソフト、つまりは「モラルの崩壊」です。昨今、大企業の不正が表面化していますが、お金ではなく満足のために一生懸命働いてきた日本人が、資本主義の弊害である拝金主義的な感覚に侵され、モラルの崩壊が企業から個人レベルまで浸蝕し始めています。これは危機的な状況であり、体制が崩壊する予兆です。今こそ日本人の魂を呼び起こし、大きなシフトチェンジが迫られているのです。

現代は、明治維新の再来だと言われております。私たちひとりひとりの意識にこそ、日本や世界の行く末を決定づける重要な使命が課せられているように感じます。





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2018/03/11

『ミノカモ学生演劇祭Vol.6』ガクゲキ観劇 備忘録


こんばんは^^ いよいよ季節は「啓蟄(けいちつ)」ですね。春の訪れに冬眠していた虫たちも蠢き始める季節です。七十二侯では「桃始笑(ももはじめてさく)」です。可愛らしい桃の花が咲き始めるときですね^^ 昔は「咲く」ことを「笑う」と表現していたそうです。微笑むようにやわらかな愛らしいお花ですよね。



ところで、昨日と本日は岐阜県美濃加茂市で開催された『ミノカモ学生演劇祭Vol.6』ことガクゲキを観劇してきました!

この催しは、全国から大学生で演劇に取り組む人たちに、美濃加茂市に来て、美濃加茂市を題材に演劇作品を製作し、上演していただくという試みです。今年はもう6回目! 私は初めて参加させていただきました。


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主催は美濃加茂市なのですが、私も入会している「坪内逍遥博士顕彰会」も協力しているとのことで、郵便でご案内があったのです。私はもともと文学や演劇に関心があり、自分自身も関わっていたこともあって、せっかくの機会ですので2日間とも伺いました^^


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1日目。

日本劇作家協会東海支部の男性おふたりが司会です。おふたりとも劇作家とのことですが、演出や役者もされるのか、とても喋りが軽妙でおもしろかったです。おふたりとも演劇部出身のようで、大学時代の苦労話とか、大学を自主的にやめた話、演劇にのめり込むあまり、心配した家族が予告なく家族会議を強制開催した話など、きっと出演者の学生さんたちには身につまされるお話が多かったことと思います^^;

私は初めての参加だったので、進行をよく理解していなかったのですが、決勝戦は4団体で、それぞれ美濃加茂を題材にしたオリジナル作品を披露してくれます。あれ? 明日は? と何度も首をひねったのですが、どうやらまた同じ作品を同じ団体が演じるらしいです。1日目にその場で最初から最後まで観劇した人たちがそれぞれ1票ずつ、いずれかひとつの団体に投票し、2日目の投票と、審査員の票数の合計で競うとのこと。審査員は、2日間の投票数を審査員の人数で割った数が持ち点になるそうです。これは、友人知人が参加してくれやすい地元の岐阜大学が有利なのでは…

あ、ちなみに参加団体は、岐阜大学、南山大学、桜美林大学から2団体の、計4団体です。桜美林大学は東京からの参戦です。お疲れ様です! ありがとうございます!

1日目は夜の開催ということもあってか、参加者はなんと60名弱。1000人近く入れそうな大ホールで、とっても寂しい雰囲気です>< これはちょっと演者さんが気の毒だなぁと思ってしまいました。

お客さんは少なかったですが、審査員としてご参加のお笑い芸人で役者でもある「かもめんたる」さんおふたりが、急遽コントを披露してくださったり、なかなか楽しい一日でした^^ ちなみにかもめんたるさんのコントは、お遊戯会で桃太郎を演じることになった息子に、元演出家?の父親が稽古をつける、という内容でしたw 現役の役者でもあるおふたりのやりとりが、舞台に関わる人たちにはかなりのツボだったようで、爆笑の嵐でしたww



2日目。

今度は午後の開催です。司会は昨日と同じ劇作家協会のおふたり。作品の上演順序も昨日と同様でした。ちょっと疲れが出たのか、全体に昨日ほどの気合いを感じませんでした。昨日よりセリフを噛んだ人も多かった^^; 昨日最下位だった桜美林大学の花鳥風月さんは、内容を修正してきていました。他の団体はほとんど変わらなかったかな。ちょっと昨日にはないハプニングが起こったりもしましたが^^; 参加者は100名弱でした。ほっとしました^^

そして、審査員5名による講評と、結果発表! 講評を聞いて意外だったのは、作品の捉え方が人によってかなり違うということです。そんなふうに解釈していたのか!と驚くことしきり。全体的に、小説で言うところの「純文学系」な作品が多く、難解だったことも理由のひとつかもしれません。一般大衆ウケするのは「エンターテイメント系」ですが、みなさんやっぱりアーティストなんですねぇ。特に若い感性を理解するのは、相当のわかりやすい表現方法を工夫していただかないと、私たちくらいの世代には難しいかも…

せっかくなので、私の感想も含めて、4団体をご紹介します!(上演順)



【岐阜大学ほか はねるのつみき】作品:なくななくななくな

19歳の仲良し4人組が懐かしい地元をドライブしています。主役の女の子と謎の位置にいる母親との会話で物語が進行します。ドライバーはその子の好きな男の子。告白するつもりのようです。
わりと変哲のない設定なのですが、途中どきっとしたのが、主役の女の子と友達の女の子がふたりきりで会話していると、急に年をとっている、という設定です。19歳だったはずが20歳だと言われ、好きな男の子に告白したら、なんともう付き合ってる、いや結婚していると言われます。私はどきどきして、この時間の謎をどこに落とすんだろうと成り行きを楽しみに見守りました。しかしどこにも落ちることなく最後まで物語は進んでしまいます… どうやらこれは、若い時間が短いという表現をテンポよく表していただけのよう^^; 私としてはがっかりです…
とても細かいことですが、車の出入りのときにドアの開け閉めがないこと、母親とLINEしていると説明しているものの、手の動きは一切ないことなどが、演出としてどうなのかなぁと感じました。講評で審査員の方も言われていましたが、母親の立ち位置が良くわからない、ということもちょっと気にかかりました。最初は幽霊かと思ったのですが、LINEをしているということは生きているし… でも最後は亡くなるようですが、うーん…^^;
2日目も特に変化はなかったようです。


【南山大学 喜劇のヒロイン】作品:HEY!TAKAXI!

喜劇のヒロインなのに、男の子3人で物語は進みます^^; ふたりのタカシくんと、ふたりに手を焼く先生の3人です。ひとりのタカシくんは卒業文集の作文が先生からOKが出ず、卒業があやうくて必死に書き続けます。でも何故か内容は嘘ばかり…
とにかく笑いの起こった作品でした。キャラクターがコミカルに設定されていて、楽しく観ることができました。2日目の爆笑度合いがすごくて驚いたくらいです^^;
講評で指摘されていたのですが、小道具が意味ありげに多数配置されているのに、活かしきれていないということがちょっと気にかかります。特にほとんど使われていなかった3つのスーツケースとか… 嘘を書き続けるタカシくんの心情を、みなさんそれぞれ推測されていましたが、私は故郷を良く見せたい、素敵な魅力的な街だと伝えたい、という思いと同時に、住んでいる場所の魅力にはなかなか気づけないし、田舎の暮らしを若者は誇りに思えない、そんなナイーブな心情を表現していたのかなぁと感じました。審査員の先生方はまったく別の視方をされていたことに驚きましたが、実際には脚本を書いた人はどう感じていたのかを知りたいところです。私は、笑いの中にもそんな主人公の繊細な心を表現していると判断し、初日はこの作品に1票を投じました。
2日目は回るお寿司が途中で落ちるというハプニング発生!w お客の笑いで気づいて立て直すという珍プレーがありましたが、大勢に影響はありませんでした^^


【桜美林大学 芝居企画花鳥風月】作品:みじかし夜の遠花火

女の子のふたり芝居です。結婚を控えた主人公が、小学校以来連絡をとっていなかった友達に手紙を出すと、すでに亡くなっていると連絡を受けます。それからその亡くなった女の子が夢に出てきて、ふたりの思い出語りが始まります。
もっとも純文的で難解な作品でした。しかし審査員からはもっとも高い評価。でもお客さんからはもっとも低評価だった作品です。主人公の心の動きをふたりのやりとりから表現していくというスタイルのようですが、物語がどこに向かっているのか、何を表現したいのか、これは劇作家自身が把握しきれていないのでは… という恐れを感じました^^; 登場人物がふたりということもあり、ちょっと地味な印象だったことも一般ウケは良くない原因かもしれません。審査員の先生から、死者が歩いて範囲を決めると、そこから出ることによって、主人公も死んだという表現になるという、劇特有の規定表現のお話があって、なるほど… と思いましたが、どうやら主人公は死んではいないようです^^;
わかりにくいものの、2日目はかなり修正を加え、伝える努力が感じられました。もともとふたりとも声や動きが可愛らしく、地味ながらも好印象の作品でした。たぶん作家自身が、もうちょっと自分自身を見つめ直し、伝えたいことが練られてきたら、とても良い作品ができるように感じます。
将来性に期待し、2日目はこの作品に投票しました。


【桜美林大学 かまどキッチン】作品:地球類日本目こんなもん科ぼくの家属

男女含めて5名の出演者が、バッチリポージングを決めて現れます。芝居を愛する5人組が、芝居とは何ぞやという概論的な話題で最後まで引っ張ります^^;
これ、内容としてはまったく一般人には意味不明で関心のないものだと思うのですが、とにかく完成度がダントツに高く、歌と踊りと演者さんの迫力で、最後まで魅せるというパワープレイ^^; 5人の息もぴったりで、付け入る隙がありません。それもそのはず。昨年の優勝団体です。シロウトの域を完全に超えていると感じました。
内容は本当に評価が難しいです^^; 劇作家さんはある意味天才的なんだろうなぁと。凡人には説明不可能です^^; 審査員のおひとりが、最後にまた最初のセリフを繰り返し、この芝居の内容は、まだ舞台が始まる前だったんだ!というところで納得がいったと話されていましたが、確かにまだ芝居を創り上げる前の葛藤のお話だったのかなと考えると、ちょっとすっきりします。
そしてこの団体が、見事2年連続優勝を手にされました!! おめでとうございます^^



また来年、7回目の開催を楽しみにしています^^







2018/03/01

発達障がいと貧困に苦しむ親子に、安心できる居場所を提供したい



こんばんは^^ いつもブログをお読みいただき誠にありがとうございます。

いよいよ本日で「雨水」も終わり、春本番になりますね。七十二侯では「草木萠動(そうもくめばえいずる)」です。新しい生命が生まれ、緑に色づいていく季節です。なんだかワクワクしますね^^



そんな春の訪れのなか、ショッキングなお話を知りました。発達障碍を抱えるご両親と、その6人に子供たちが、生活に困難を抱え、命に関わる危機的な状況なのだそうです。


今年の夏のことです。私たちの運営する子ども食堂にきた、子どもたちの手足、顔、背中の皮膚の異変に気が付きました。虫に刺され、掻きむしったせいで皮膚にはかさぶたができ、痛々しくただれていました。


すぐに子どもたちを病院に連れて行くと、「皮膚が化膿しており、このままの生活を続けていれば命に関わる」との診断があり、急遽、6人の子どもたちを期限付きで養育することにしました。

子どもたちの服や下着には血痕のシミがついており、毎朝、シミ落としから始まる日々が始まりました。服や身体にはゴミやゴキブリの糞の匂いが染み付いており、匂いがとれるまで約1週間はかかりました。

 

清潔な環境で寝食を共にし、無農薬玄米、湧き水を飲み、約1ヶ月かけて子どもたちの皮膚がほぼ完治しました。そして次に、私たちはご家族が暮らしていたアパートの掃除へ伺いました。



こども食堂がこういった発見につながると思うと、存在意義は大きいですね。この子供たちを預かって健康な状態に戻し、いざ家庭に戻そうとしたときに、家の悲惨な状態を目の当たりにしたそうです。





ご両親が発達障碍とのことで、ゴミを捨てたり片付けたりするということを習慣づけるのが難しいようです。でもそれも、平井さんたちの努力によって、なんとか改善しつつあるそうです。


代表の平井さんからのメッセージ。

NPO法人「日本サイコロジスト協会」代表兼、「森の学校 ライオンの隠れ家」代表の平井薫です。心理専門家として学んだ知識を活かし、2015年に当協会を立ち上げ、これまで活動をしてきました。

 

2016年9月にある親子に出会い、拠点である岐阜市の古民家で居場所のない親子が一時避難できる場を提供する「ライオンの隠れ家」という活動を始めました。今年4月には、初めてクラウドファンディングに挑戦し、「ライオンの隠れ家」の運営費用、送迎に必要な車両の購入費用を集めました。ご支援いただいたみなさま、本当にありがとうございました。

 

クラウドファンディングが終わり、この活動を継続しているなかで、急遽2回目の挑戦をせざるを得ない状況が訪れました。


前回のクラウドファンディングでは、私自身もご協力させていただきましたが、いくつもの団体に寄附をしている状態で、なかなかその他に何度もおこなうのは難しいです。次はさらに広く知っていただき、支援の輪を広げていくしかないです。



この親子が幸せに暮らせるよう、どうかクラウドファンディングにご協力ください。よろしくお願いいたします<(_ _)>
   ↓     ↓     ↓     ↓     ↓








2018/02/25

君たちはどう生きるか



こんばんは^^ いよいよ季節は「雨水(うすい)」です。雪が雨に変わる頃、すこし暖かさを感じるでしょうか。七十二侯では「霞始〇(かすみはじめてたなびく)」です。(漢字が出ませんでした…) 春に出る霧が霞(かすみ)で、夜に出る霞が朧(おぼろ)なのだそうです! 初めて知りました^^;



さて、すこし前から話題の漫画『君たちはどう生きるか』はお読みになられましたか? 私も購入はしていたのですが、読まなければならない本が山積みで、ようやく読み終わったところです。


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元は吉野源三郎さんの児童書です。

時代は1937年、昭和12年。80年前の日本です。当時は貧しい家庭も多く、中学に進学することも大変でした。主人公の男の子は、勉強がよくできて、物事を深く考えることができます。お父さんが亡くなり、お母さんの弟が近所に引っ越してくると、その叔父さんに自分の考えや、日々の生活から悩んだことを相談していました。

貧しくやっとの思いで中学に進学したものの、いじめに遭ったり、家の仕事を手伝うために学校を休まざるを得ない友人について思い悩んだり、上級生に目をつけられて、暴力に怯える友人をたすけることができずに自己嫌悪で寝込んでしまったり…
元編集者の叔父さんに導かれて、世の中の重要な仕組みについて思いを馳せていくのですが、知識としては知っているはずだけれど、改めて深く考えてみると不思議なことばかり。


世の中は自分を中心にしては動いていないこと。

ニュートンはどうして林檎が木から落ちるところを見て万有引力に気づいたのか。

粉ミルクが家庭に届くまでに、どれほど多くの人の手を通っているか。

貧しい生活の中でも強く生きること。

ナポレオンの盛衰から考える本当の偉大さについて。

などなど、漫画と叔父さんのノートに書かれた主人公へのメッセージから考えさせてくれます。



原作を読まれた方からは、かなりざっくりな内容だとご感想をいただきましたが、それでも十分考えさせられました。


人間はひとりでは生きていけません。食べ物も飲み物も、着るものも住むところも、すべては誰かの労働があって成り立っています。頭脳労働が有難がられますが、実際には誰かが汗をかいて生活に必要なものを生み出してくれているからこそ生きていけるのです。

立場や環境によって、貧しかったり、力が弱かったり、勉強ができなかったり…、さまざまな人がいますが、それぞれの立場を思い遣って暮らしていかなければ、世の中はうまく機能しなくなります。

そのために、間違ったことをしてしまったときには、気まずくても謝りに行かなければいけないこともありますし、相手がどんな状況であれ、公平に見るという心の在り様を保つことも必要です。これが意外と難しくて、世の中のすべての人がきちんとできていれば、世界のほとんどの争いごとや問題はなくなるのでしょうね。



ぜひお子さんに読ませてあげてください。簡単なことのようで、深い内容なので、おとなも何度も読み返してみると、真実に気づけるかもしれません。


ところで余談ですが、私はあまり油揚げが好きではなかったのですが、この本を読んでから、油揚げをとても愛おしく感じるようになりました^^ これからは大事に食べたいと思います。

それと、元編集者の叔父さんこそが、児童文学者であり、岩波少年文庫の創設にも尽力された、作者の吉野源三郎さんその人なのかもしれませんね。











2018/02/10

子は親を救うために「心の病」になる



こんばんは^^ いよいよ「立春」ですね~^^ 三寒四温であたたかい日があったり、またぐっと冷えたり、そんな毎日です。七十二侯では、「黄鶯睍晥(うぐいすなく)」です。そろそろウグイスの「初音(はつね)」の聞こえる時期です。最初は上手に「ホーホケキョ」と言えないそうですが、下手くそなウグイスの鳴き声をどこかで聞かれましたか?



さて、本日は本のご紹介をさせていただきます。精神科医の高橋和巳先生のご著書です。

『子は親を救うために「心の病」になる』

衝撃的なタイトルですよね。ですが、私自身の体験や、子供たち、そしておとなになってから生きづらさを抱えている大人たちとお話していて、これはまさにそのとおりだと感じています。



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この本には、「引きこもりの息子と父母」「拒食症の娘と母親」「虐待を受けて育った母親と娘」「親とのつながりを持てなかった男女」の実際の事例が書かれています。

幸せな子供時代を過ごしたはずの出来の良い息子が、三十二歳になって仕事を辞め、引きこもりになってしまったのは、自分の生き方を受け入れてもらえなかったから。

我慢ばかり続けている母に生き方を見直して欲しくて、娘が母親と同じように我慢をすることを自分に科し拒食症になる。

虐待を受けて育った親は善悪の感覚が逆転している。

親とのつながりを感じられなかった子供は、大人になってきちんとした生活を送っていても、自分の存在感を感じられないまま苦しみ続ける。



そんなそれぞれの生きづらさを抱えた大人や子供たちが、カウンセリングをとおして自分自身を取り戻していくお話です。

高橋先生は、特別カウンセリングの勉強をされたわけではないそうですが、患者さんをとおして学んできたと言われます。むしろ、理論は必要でなく、患者さんそれぞれと向き合っていると、無用なものだと知るのだとのこと。カウンセリングに「理論は通用しない」と言われています。

患者さんは先生とのカウンセリングをとおして、自分を客観的に見て、自分自身を認め、自分自身を取り戻していきます。その人の「存在」をどこまで見通すことができるかが、カウンセラーの力量だと高橋先生は言われますが、私自身も5年以上カウンセリングの経験を積み、同じように感じています。









人が人生に求める心理システムは以下のとおりだそうです。


≪第一レベル≫
「安心」 不安を避けて安心していたいという、心のもっとも基本的な欲求。

≪第二レベル≫
「愛情」「お金」「賞賛」 優しい家族、恋人や愛情、仕事の業績や達成感、お金、人に褒められる、賞賛される、人とのつながりや社会的名誉など。

これだけの単純なものだと言われていますが、親とのつながりを持てずに大人になった人は、この基本的な欲求の第二レベルを求める気持ちそのものが弱いのだと言います。

また、人は十二歳までのあいだに、親を真似、生き方を学び、それに従うようになるそうですが、親の「心の矛盾」が大きいと、それを取り込んだ子供は、同じ苦しみの生き方を選択するようになります。しかし子供はそのことに気づいておらず、あまりにもストレスが大きくなると、夜尿症、指しゃぶり、神経症的な癖やチック、脱毛、慢性的な腹痛、などの症状が出るようになります。…私もそうでした。

また逆に、自立がうまくできずに、混乱して激しい反抗期につながることもあります。


これらの症状がお子さんに出て悩んでいる親御さん、まずはご自身の心の葛藤を客観的に見直すことが必要なのではないでしょうか。



人の発達段階には、乳幼児期、学童期、思春期、成人期の四段階がありますが、高橋先生はこれに「宇宙期」を付け加えたいと言われます。

この「宇宙期」とは、親とのつながりが持てず、自分自身の存在感が希薄なまま頼りなく生きている人たち、また問題なく大人になったものの、つらい出来事に遭遇し、生きていることに疑問を持つようになってしまった人たちに生まれる時期です。

人は何故「生きる」のか。「生」とは何なのか。そしてどこへ向かっているのだろうか。

こういった疑問が生まれるのは、生きることそのものをつらく感じたときなのです。そのとき、今まで生きてきた常識とか価値観などは、意味をなさないものになっていきます。その考え方のチェンジをサポートするのがカウンセリングだとまさに実感した本でした。よろしければぜひカウンセリングにいらしてください^^(リンクの「Healing Salon 月下香」からどうぞ)